モハメド・アリ
合衆国と闘った輝ける魂
ISBN4-88978-034-3  二度と再び地球上に出現することのないボクシングの天才!! 世界史上最強のアメリカ合衆国にたった一人で闘いを挑み、勝利した男。
 ソニー・リストン、フロイド・パターソン、ジョージ・フォアマン、ジョー・フレージャー、ケン・ノートン……などなど。年度を代表する最強のチャレンジャーは、アメリカ合衆国がモハメド・アリを抹殺するためにヘビー・ウェイトのタイトルマッチのリングに送りこんだ刺客であった。合衆国が差し向けた刺客をすべて撃破した、史上最強のスポーツファイター。
 それによってモハメド・アリはアメリカ大統領に匹敵するパワーとなった。「プレジデントのものはプレジデントに!そしてアリのものはアリに!」
 モハメド・アリのこの物語は、史上最強のスポーツファイターと史上最強の国家アメリカ合衆国との闘いをスリリングに描くとともに、絶品のテクニックを誇った天才ボクサー、モハメド・アリの「強さの核心」に迫る・・・。
 
田原 八郎著
四六判288頁
定価〔本体1600円+税〕

 モハメド・アリが史上最強の「ザ・チャンプ」(THE CHAMP)として君臨していた時期は、1964年から1979年までの16年間であった。彼は後に「'60年代」と言われることとなったアメリカの激動の時代を、かたくなに自己を貫いて生きたのである。
 複合社会であるアメリカのダイナリズムは、建国の時期から21世紀の現代にいたるまで、世界中にさまざまに投影されてきた。
 それは日本にも海を渡って反映し、多くの社会現象をもたらしてきた。なかでも最も大きなうねりをもたらしたのが、「'60年代アメリカ」での激震であった。基本的人権を勝ち取るために多くの黒人たちが立ちあがった公民権運動、ブラックパワー内部でのテロリズム、全米をおおったベトナム反戦の闘い、ジョン・F・ケネデイ大統領の暗殺、ウォーターゲート・スキャンダルによるリチャード・ニクソン大統領の更迭、世界を挑発する若者文化の氾濫……。
 そのなかにあってとりわけ大きな存在感を示したのが、後に史上最強を謳われることとなる、モハメド・アリであった。アメリカのみならず世界中のボクシング・クレージーをしびれさせたこの天才は、印象的にいうと「闇と光の時代」とよばれた'60年代アメリカの激動の中心にいつづけたのだといってよい。
 ボクシングを天職としたこの一人の若者を、大統領に匹敵するほどの巨大パワーへと仕立て上げたのは、「言いたいことを言い、したいことをしたい」という気持ちをいちずに貫いた彼の自由の気質であった。彼はなによりも、ヘビー・ウェイトの世界タイトルマッチのリングで、奔放な技と力を自在に駆使して勝ちつづけたかったのである。
 「蝶のように舞い、蜂のように刺し」、「ロープ・ア・ドープ」(rope and dope)を変幻自在にあやつり、光速の右ストレートをワンチャンスに炸裂させて……。彼の全盛はまさに、ロープぎわで強打を放つ魔術師なのであった。
 徴兵を拒否したモハメド・アリに対する制裁として、アメリカ社会が権力を総動員して、モハメドをヘビー・ウェイトのリングから締め出しにかかったとき、彼はけっして怯むことなく、またたれを恃むことなく闘った。生来の自由の気質そのままに闘いつづけたのである。それが'60年代半ばから'70年代の後半にかけてつづけられたモハメド・アリの「ひとりの闘い」である。
 そうしたモハメドの「ひとりの闘い」を読めば、「自由に生きる」とはどういうことなのか?深く考えさせられることになるだろう。
 「自由に生きる」ためには、つねに前を見つめていちずに自己を通してゆかねばならない。自分の信じる道を全力で歩みつづけること。それが人の力なのだということ……。
 この異色のプロボクサーが、アメリカのすべてのパワーを敵にまわして挑んだたったひとりの闘いはたれのためでもなく、自分のしたいことをしたいがためのことであった。たったひとりの闘いであったからこそ、人々の心を揺さぶり、アメリカを闇から救い出し、アメリカに光を取りもどすこととなったのである。
 それにより「'60年代アメリカ」が後の世に鮮やかな光彩を放ちつづけることができた。
 モハメド・アリは、「史上最強」を追求しつづけた。そのために彼は、いくたびかの技術革新を強いられた。
 「蝶のように舞い、蜂のように刺す」あたかもダンスのステップを踏むかのような華麗なアウト・ボクシングから、「ロープ・ア・ドープ」を駆使したスリリングなカウンター・ボクシングへ。そして「肉を切らせて骨を断つ」という打たれ強いインファイト・ボクシングへ。
 軽快なフットワークとすばやい左ジャブによって「蝶のように舞い」、スピンの効いた光速の右ストレートによって「蜂のように刺す」ボクシングは、つねにモハメドに圧勝をもたらした。
 ロープぎわでのヘッド・スライドとボデイ・スライドによる防御術を「ロープ・ア・ドープ」とモハメドが名づけた。そうした「ロープぎわの魔術」は、モハメドに多くの逆転勝ちをもたらした。 
 晩年のタフネスを前面に出しての接近戦は、「勝負のもつれ」の次元でのボクシングを演出した。それによってモハメド・アリは自分より若くて強い相手から、いくたびも勝利をもぎとったのである。
 モハメド・アリは、ヘビー・ウェイトのリングで脱皮をくりかえした。それは「七転び八起き」ならぬ「三転び四起き」のボクサー人生なのであった。16年の波瀾のリングをつうじてモハメドは、「人生なんてなんべんでも生きなおせるもんだぜ!」と我々に語りかけてくれているのだと思う。
 16年にわたってヘビー・ウェイトのリングを席巻した「アリ・ハリケーン」。アリ・ハリケーンは、たれにも妥協せずに自らの進路を突き進んだ。
 スポーツアスリートの天才は、ハードな鍛錬と実戦を積み重ねることによって、その心身のうちに超常的なパワーを湧き上がらせることがある。それが「火事場のバカ力」のような働きをして、奇跡と呼ばれるような勝利をもたらすことがしばしばある。
 スポーツアスリートの天才と、彼がつくりだす「力の神」。その二人三脚が、この物語のテーマであった。「力の神」とはモハメド・アリというボクシングの天才が、ハードなトレーニングと実戦を積み重ねて、その心身に湧き上がらせた奇跡のパワーなのであった。
 天才の心身がそのうちに湧き上がらせるそうした超常的なパワーをスポーツ生理学が数値によって表示することはできないだろう。なぜならそれは瞬間風速としてあらゆる数値を超えているからである。
 それはまさに巨大な竜巻のような無限大のパワーなのだ。無限大は数値では表示できず、その驚きや感動を語るには「神」という表現しかないのである。それが「全能の神が俺についたんだ!」というモハメド・アリの叫びなのであった。
 「ボクシングを続けたい」の一念でベトナムへの従軍を拒否したモハメド・アリに対してアメリカ総権力は、一歩も引かぬ弾圧の態度を剥き出しにした。「モハメド・アリの闘い」といわれるその闘いのなかでモハメド・アリは、年度を代表する強いへビー・ウェイトたちをすべて圧倒し、それによって「全能の神が俺についたんだ!」ということを示しつづけた。それもまた「力の神」の黙示録なのであった。
モハメド・アリは、スポーツアスリートの超一流の神髄たる「力の神」の黙示録を残して、「'60年代アメリカ」という激動の時代を、史上最強のスポーツファイターとして駆け抜けたのである。
 モハメド・アリはヘビー・ウェイトの世界タイトルマッチで23戦21勝2敗である。それは内容の実質では同じく「ザ・チャンプ」と呼称されるジャック・デンプシー、ジョー・ルイス、ロッキー・マルシアーノを圧倒しているといってよい。
目次
第1章 制覇
1.天才キャシアス               
天才には何も教えてはならない/法螺吹きクレイ/驚異的なスタミナと回復力
2.アリ神話                  
天才にのみ適用可能なボクシング/感動の更新と「アリ神話」/なぜリストンが支持されたのか/リストンを倒すことこそが
3.ソニー・リストン              
手負いの野獣/リストンに喧嘩をさせるための悪態/蝶のように舞い、蜂のように刺す/リストンは喧嘩のプロ 
4.奇跡                    
奇跡のボクシング/神から授けられた勝利

第2章 闘争
1.アンチ・クリスト         
白人社会への服従の拒否/合衆国政府との闘い
2.力の神                   
イスラムへの乗換えは方便/理想のヘビー・ウェイト
3.対決                    
白人社会を正面の敵に回す/すべての人にとっての異教徒
4.徴兵拒否                    
空前絶後のボクシング/個人vs社会権力総体
5.自由                    
「イスラム国家」から離縁/北極星の光芒
6.頂上決戦                  
世界中の人々のために戦う/ボディーの防御を放棄/あざとい演出/棟梁と鉄 
砲玉

第3章 復活
1.天王山                   
なぜか「推定有罪」なのに有罪を棄却/勝負づけせねばならぬ相手が三人に/「もの言わぬ大衆」に語らせるために
2.タイトル奪還                
フォアマンが無敗のチャンピオンでいた幸運/アリにつくかつかないかが試金石/フォアマンはなぜ伝道師になったのか/ロープ・ア・ドープと驚異のスタミナ
3.ザ・チャンプ(THE CHAMP)
マスコミ・ジャーナリストの思い上がり/《モハメド・アリ》とは「史上最強の達成と持続」
4.史上最高の試合               
負けることができないから負けることを恐れる/フレージャーこそが最大のライバル
5.王者                    
とんでもないファイター/力の神が住むのをやめた/アントニオ猪木戦/アリの戦略に乗らなかったケン・ノートン
6.技術革新                  
奇跡をひとつ加えたが/花開かなかった第三期

第4章 終末
1.タイトル喪失                
技術革新の不徹底/スピンクスに完敗/リターンマッチには必ず勝たねばならない
2.線香花火                  
一発必殺の命がけの世界/技術の粋をつくしたベスト・ファイト/力への意志/なぜアリにだけ力の神が宿ったか
3.引導                        
断ち切られた幸運の連鎖/アリのわがまま/消えうせた天才
4.幕引き                  
みじめだった最後の試合/ただの人以上にただの人になったアリ
5.モハメド・アリ現象             
アリの試合はすべて神事儀礼/負けたことをなかったことにしたい
6.黄昏                     
ただのモハメド・アリとなったいま

あとがき
モハメド・アリ年表