神経症とは

 神経症は、精神的な悩みごとが原因(心因)で引き起こされる精神障害です。
 心因となりうる人生上の出来事はいろいろあります。最も多いのは、やはり家庭内の問題です。心因の程度も、天災で一家を一度に失ってしまったというような、誰でもうちのめされてしまうであろう極限状態から、人前で話さなければならないといった、誰でもが日常遭遇するようなささいな出来事まであります。
 同じような出来事でも受け取り手によって、なんでもない場合と、神経症を発症してしまう場合とがあります。神経症の発症には、本人の性格も重要な要因となります。
 神経症にかかりやすい特有のパーソナリティとは、神経質で心配性な人、極度に潔癖、完全癖、確認癖のある人、依存的、自己中心的で見栄っ張りな人などがあげられます。一言でいえば、ささいなことで葛藤を起こしやすく、すぐ不安になり、生じた不安を自分で適切に処理するのが下手な人といえます。
 神経症の症状は、心身両面にわたってきわめて複雑多彩に現われます。その現われ方でいくつかに分けられます。死ぬのではないか、気が狂うのではないかなどと不安を主とする不安神経症。確かめても確かめても戸締りが気になるという強迫神経症。人ごみが怖い、高いところが怖いという恐怖症。何度検査をしても異常がないというのに、自分は癌だと思い込んで、あれこれ身体的不調を訴え続ける心気症。精神的ショックを受けて記憶を失ってしまった、声が出なくなったなどの解離性(転換性)障害(ヒステリー)。ゆううつでおっくう、みじめで生きる希望が持てないという抑うつ神経症などがあります。
 このような症状は、誰もが一度や二度は経験します。それだけでは神経症とはいわないのです。これらの症状が、本人にとって耐え難いほど苦痛に満ちたものであり、しかも、一定期間以上持続し、そのため社会生活に何らかの支障をきたしている場合に、初めて神経症とされます。
 神経症そのものは遺伝しませんが、パーソナリティは、もって生まれた素質に、さまざまな生育史上の出来事が絡みあって形成されていきます。その途上で、不幸な状況の中で不都合な出来事に遭遇したとき、うまく切り抜けることができずに神経症が発症するのです。
 このように神経症を考えるとき、ストレス社会の真っ只中に棲むわれわれ現代人で、悩みのない人などいようはずがありません。誰もが神経症になり得るのです。神経症は、きわめて人間的な病気なのです。きわめて身近な病気なのです。病気に落ち込む前に、普段から心の健康に留意し、上手な生き方を身につけていく心がけが大切です。
 なお現在、わが国で、公的に採用されている、診断基準の国際分類ICD=10では、神経症という用語は使用されていません。それは、心因というあいまいな概念を基準とした神経症論では、さまざまな理論や学派が乱立し、混乱するばかりとなります。そこで、多くの臨床家医が同意できる臨床症状を拠り所として分類されることになったのです。かくして、原因論による疾病分類は採用されず、神経症という用語は廃止されてしまいました。しかし、従来の神経症の枠組みはほぼそのまま取り込まれています。神経症は事実上存在しているといえます。